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夫に先立たれ、一人老後を過ごす65歳のうみ子。ある日ふらっと入った映画館で、美大生の海(カイ)と出会う。
昔から映画館では客席が気になっていたうみ子。この日も何気なく客席を見渡すと、海と目が合った。
客席を気にするのは、映像を撮る側の気持ちがあるからだと言う海。映像科の海は、うみ子は今からでも死ぬ気で映画を撮るべきだと諭す。
老後を一人で何となく過ごしていたうみ子に押し寄せた、新しい挑戦の波。自分は「映画を作りたい側」なのだと、初めて気が付いた。
【感想】
65歳にして新しいことに挑戦する主人公の物語。
高齢の主人公と若い火付け役。65歳というとおばあちゃんと言うには少し若いような、おばさんと言うにはちょっと年を食ったようなちょうど境の年齢。
夫と死別し、特にすることもなくただ何となく過ごしていた日々に突如訪れた出会いでした。
確かに65歳ならまだまだ時間はありますし、父親の遺産でお金もある。体もまだ動けますし、何かを始めるにはむしろちょうどいい年齢だと思います。ある意味ベストな年齢設定なのでは。
ふらっと映画館に入ったり、海の通う大学に行ったりと行動力はそれなりにあり、性格はおっとりした感じですが、何かに打ち込めればとことんのめり込んでいきそうなクリエイタータイプ。
それを引き出したのが海。クールで落ち着いた性格ですが、1巻を通して見ると結構感情に揺さぶられるタイプで、これまたクリエイターに向いている感じです。
うみ子は海の言葉により一歩踏み出す決意をします。この衝撃を波に例えて、うみ子の心を掬っていく描写が良い。あと一押し何かがあれば、というくらいのうみ子の性格に、ドンピシャで押し寄せた海の言葉の波がうみ子を海原へ掻き立てます。
実は海にとってもうみ子の存在は大きい。
家庭環境でも少し苦労をし、映画作りのきっかけとなった友達ともあることで疎遠になってしまい、その友達とうみ子との共通点が海の心を大きく動かしていました。
その共通点が、「映画作りに本気になりきれない」ということ。海は映画作りについては本気ですが、その友達もうみ子も映画作りは「趣味」だと言う。
ただその友達についてはバックグラウンドが他にもあり、海は知らぬうちにその友達を傷つけていて、それからは色んなことに対して臆病になってしまっていました。
それでも本当はやりたいはずなのにあと一歩を踏み出せないうみ子に対しては衝動を抑えられずに接してしまう。
特に気持ちを押しつけたりイライラしたりするわけではなく、ただ純粋に「やった方がいい」と本気で思っているんだな、という海の優しさや映画への思いが伝わってくるのが良いですね。良いキャラクターです。
登場人物達を通して、「もの作り」に対して正面から向き合えます。
あと一歩踏み出せない人の背中を押してくれるような、うみ子にとっての海のように、読者にとっても何かの船を出すきっかけになればいいなと思える良い作品です。